生きるということ(6)

私たちには、体と心と頭があります。

それらは、感覚と感情と思考としてはたらきます。

人間は、心と頭、感情と思考・言葉を発達させてきました。

それは進化の過程で、生存するために必要だったからです。

 

現在、多くの人が、自分がネガティブだと感じています。

それは、ネガティブであることが

生存競争を勝ち抜くうえで適していたからです。

これは少し考えてみれば当たり前のことです。

周囲の環境を信頼し依存して生きる個体と、

周囲の環境を疑い自己の能力を過信せずに生きる個体と、

厳しい自然の中でどちらが生き残る可能性が高いか。

もちろん後者でしょう。

現代を生きる私たちは、進化の最前線にいます。

そして、人間はネガティブに考えることによって生き残って来たので、

私たちは基本的にネガティブなのです。

その中で、ポジティブにものごとを捉えられる

度合いに差があるだけなのです。

 

社会を作り上げ、厳しい自然の中で生きる必要がなくなった私たちには、

感情は不要だという専門家もいます。

感情を感じないように生きることが楽に生きることだという考えです。

それが心地よいと感じる人はそうすればいいでしょう。

自由自在塾では、このような考えは取りません。

私たちには感情があるのですから、それはつまり、

「感情という一見すると無駄で

 楽に生きるための妨げになっている心のはたらきをもつ人間が、

 それでも幸せを感じて生きることができるのかどうか」という

神様からの命題である、と考えます。

だから自由自在塾では、感情を大切にします。

 

何も感じずに生きることを目指すのではなく、

そのときそのときにどのように感じて、

そのうえでどのように行動するのかを考えます。

 

私たちは、感情の赴くままに行動してしまうこともありますが、

感情とは違う行動をとることもできます。

心は私たちの本質ではないのですから、これは当然のことです。

 

心を自由にはたらかせて、なおかつ心に縛られずに行動する。

それが自由に生きるということです。

次の項では、自由ということについてもう少し詳しくお伝えします。

心がある意味

© 2017 taido takamine