親との関係がうまくいかない

 小学校で二分の一成人式を行う、というのが定番になっているようです。このこと自体には皆さんそれぞれに意見があるでしょうし、各種メディアでも賛否両論の意見を取り上げてさまざまに論じられていますので、ここで意見を書くようなことはしません。

 幼いころ親にひどい目にあわされたから、二分の一成人式で感謝するなんてできない、という児童の意見を新聞で読みました。そこまでいかなくても、あなたが親に対して複雑な感情があって素直に感謝することができないと思っている、感じているのであれば、ぜひ一つのことを覚えておいていただければと思います。

 それは、「親は私のいのちをくれた存在」だということです。

 もし感謝するという必要に迫られたなら(本来それは強制されることではないですが)、その一点だけに感謝すればいいんです。

 今日まで生かしてくれて、とか、いつもおいしいごはんを食べさせてくれて、とか、そういうふうに感謝をする必要はありません。もちろんそういうふうに感謝ができる人は積極的にするべきです。そして、そういうふうに感謝ができる状況にあることに感謝をし、そういう状況にあると感じることができる自分にもありがとうを言いましょう。

 今、もしあなたが面と向かって親にありがとうが言えないと感じてしまうとしたら、それはあなたが親から独立した存在だからです。感謝できないとおかしいとか、どうして自分は親に感謝の気持ちが持てないんだろう、なんて考える必要はありません。だって、親は親とはいえ他人です。

 私はあなたがいろいろな訓練をして、どうにか自分に対して感謝ができるようになってもらえればいいと思っています。そんな、自分のことを絶対的に好きといえる段階に至っていないあなたなのですから、他人である親に絶対的に感謝できるわけはありません。もし、今後瞑想をはじめとした訓練を続けていく中で、そうなれれば素晴らしいとは思いますが。

 ですから、間違いないたった一つのことだけ覚えておけばいいんです。それが、私をこの世に存在させてくれている、ということです。

 私たちは体なしでこの世に存在することはできません。いや、もしかすると体なしで存在している人もいるのかもしれませんが、その存在は目には見えませんし耳にも聞こえない、普通の人間に影響することはできません。その意味で、私たちがこの世界に影響することができる唯一の方法である体を与えてもらったこと、このことだけを覚えておけばいいんです。

 あるいは逆に、どうしてこんな苦しい人生を与えてくれたのか、とか、こんなつらい人生なら生んでくれない方がよかった、とか、そう感じているでしょうか。

 こんな顔に、こんな体型に、こんな頭に、こんな家に……。

 そう考えるのは当然です。なぜなら、人間には良くなろうとする力があるから。

生きるということはそれ自体がつらく苦しいことだというのは、ずっと昔から言われ続けている事実なんです。

にもかかわらず、私たちは生きています。苦しいからと言って、簡単にやめるわけにはいかないからです。

生きていかなければならない以上、条件に不満を持つのは仕方ないことです。でも、上を見てもきりがないし、下を見てもきりがありません。そもそも、上とか下とか、自分の小さい頭で考えても仕方ありません。

大切なのは、今ここにあなたが生きているという事実です。

そして、今ここにあなたが生きている、そのきっかけを作ってくれたことにありがとうが言えるあなたになれるといいなと思います。

もしそうなれたら、次の誕生日には、「このいのちをくれてありがとう」と伝えてみるのはどうでしょうか。

© 2017 taido takamine