生きるということ(4)

私たちは何のために生まれてきたのか。

一言でその答えをいうならば、それは自分自身にしかわかりません。

正確には、自分自身にさえわからないのですが、

自分自身には、もしかしたらこういうことなのではないか、

という仮説を立てることができます。

それは、自分の生い立ちや先祖の生きざまから導く仮説であり、

当然のことながら一人ひとり異なるものです。

アドラー心理学の創始者として有名なアドラーは、

人生の意味を問われてこう答えています。

「一般的な人生の意味はない。

 人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものだ」

 

ここで忘れてはいけないのは、

たましいは万能ではないということです。

たましいは自由ですが、決して万能な存在ではありません。

ですから、未来を予測することはできません。

どういうことかというと、たましいが選べるのは

その生命のスタートだけだということです。

Aということを願ってスタートを選んでも、その後、

何らかの理由でAが叶わない境遇に陥ることもあるということです。

このことは、常に念頭に置いておく必要があります。

 

しかしそうは言っても、

この世界に、この時代に、人間として生まれてきたことは、

私たちの願いの結果であるのですから、

それは共通の土台として考えることができます。

小林正観は、人間には、食欲・性欲・睡眠欲のほかに、

「他の人間によろこんでもらいたい、という本能がある」

と言っています。

ですから、人間として生まれてきたということは、

他の人間を喜ばせるため、というのがベースにある、

と考えることができます。

この時代に、他人を喜ばせるというのはいろいろな方法がありますが、

まず考え付くのが職業に就くということです。

誰からも喜ばれないような生業は、職業とは言えません。

生計を立てる手段としてはそういうものもあると思いますが、

職というのは、自分の生活を成り立たせるためのものである以上に、

誰かの役に立つものであるはずです。

そういった意味で、職業に就いている人は、

自らの願いに沿った生き方をしている、と言えます。

 

しかし、一般論で

自らの生まれてきた願いを探すことには限界があります。

この自由自在塾では、『そうしょう』という方法を用いて、

生まれてくるときにあなたが持っていた願いを見つける

手伝いをしています。

興味がある方はこちらをご覧ください。

 

ところで、私たちは自分の願いを誰にどう伝えて

人間として生まれてくることになったのでしょうか。

次の項では、そのことについてお伝えします。

生まれてきた願い

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